痛ましい川崎殺傷事件の報道に触れるたびに思うのです。

児童の安全確保に全力を…。

確かにそうです。

このままだと、子どもたちがひとりで外へ出られなくなるばかりか、社会は夢や希望を実現する場所ではなく、危険な場所という認識までも育ってしまいます。

しかし、問題と対策はそれだけでしょうか?

将来のある人を巻き添えにして、自らの命を絶ったひとりの男性。

この男性の犯した罪は、決して許されるものではありません。

その異常さから、この男性の心を知りたい、生い立ちは…動機は…

やがて知らされたその報道と、自分の想像がさほど違わないことに、驚きよりも「またか…」と思う自分がいました。

このような事件のたびにクローズアップされる「引きこもり」「孤独」「歪んだ家族」

もし、この男性の両親が離婚していなかったら…。

もし、この男性がもっと早い段階で社会と繋がりがもてたら…。

もし、この男性にひとりでも心を寄せてくれる人がいたら…。

決して許されない犯行を未然に防げたのではないでしょうか?

ほんの少しのタイミングで、
ほんの一言で、
ほんのひとりの力でも…

大切な子どもたちを守ったり、
導いたりできるという事実。

安全と同じくらい大切な
一人ひとりの心と身体の「居場所」

そんな居場所作りも急務だと思うのです。